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煩悩の自覚が有ればよい
秋も深まり、色々な事も起こり、それも楽しみながら日々を過ごしていますが…

色々な事が起こると共に感情も湧き出てくるので、

かなり面倒な自分自身と向き合って数ヶ月(笑)

昨日、友人から17日の東京新聞切り抜きを頂いた。

親鸞作 「正信偈(しょうしんげ)」 の中の件りです。

原文は難しいので、わかりやすい解説文だけ紹介しますね。

「仏のみ教えに照らされて、真実の道理に目覚め、すでによく無明(むみょう)の迷いは

破られてはいるけれど、実際には欲や腹立ちの煩悩の雲霧が、心に立ちこめて、信心の

はたらきをおおい隠してしまっているのが、私の実態。

でも、それだけでおしまいではありません。真実信心の生き方は、たとえば日の光を雲霧が

覆っていても、雲霧の下は真っ暗でない。明るみがさしている。

つまり、「わかってさえいれば、もう迷わない」、あるいは「ふりまわされない」のでしょう。

もう方向がついている。ちゃんと見通しはついている。

煩悩(雲霧)を煩悩(雲霧)だなとわかってさえいれば、煩悩とは切れているのです。

迷いを迷いだとわかっている足の置き場所は、もう悟りの境界にいるんです。

まちがった思い、煩悩、迷いと、教えに照らされてわかっている。

わかってさえいれば、やめられないまんま、心和まされ、安らぎ、楽になり、軽やかになっていく。


「不断煩悩得涅槃」

煩悩の迷いを持ったまま、それを断じられなくても、涅槃(仏のさとり)の境を得られると

名言ていします。

家庭や職場の人間関係のもつれでも、経済環境の悪化で厳しい逆境にさらされても

受けながしていく智慧を、私達はいただくことができるのです。



日々の暮らしのヒントになればと思います。
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10/19. 10:12 [ 未分類 ] CM0. TB0 . TOP ▲
  
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